Dr.苫米地氏は数多くの著書があり、中には怪しげなタイトルのものもある。ただし本書で主張するメディアや電通への批判、メディアを我々一般市民に取り戻すべきという主張については、非常に共感できる内容であったで、ここで本書の内容から幾つかを簡単に紹介したい。
- 作者: 苫米地英人
- 出版社/メーカー: サイゾー
- 発売日: 2012/02/14
- メディア: 単行本
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- 広告主からの直接的なプレッシャーではなく、メディアのほうが勝手に自主規制をしてしまうことも多い。これは、ミシェル・フーコーが『監獄の誕生−監視と処罰』という本の中で指摘した「パノプティコン(Panopticon)」が働いたというになる。このような力を「バイオパワー(生権力:bio-power)」と呼んでいる。「バイオパワー」とは、「監視されているという暗黙のプレッシャーによって、実際には監視されていなくても監視されているかのように振舞うこと」を言う。監獄の囚人に「監視されている」というプレッシャーを与えておくと、実際に監視されているか否かにかかわらず、監視されているときのような模範的な行動をとるという。つまり、広告主による「バイオパワー」が働くことによって、メディア側が自ら広告主の意に沿うような報道を(たとえ無意識にであっても)とってしまうのである。それこそが、日本のメディアが中立ではありえない最大の理由である。
- 日本人は、米国により、原発導入時の読売を利用した「原発推進キャンペーン」や、GHQによる「WGIP=ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」により洗脳されてきた。(※戦争での悲惨な体験や敗戦の責任を、英米ではなく、旧日本政府や旧日本軍に向けさせるプログラム。Wikipediaはこちら)
- 「為政者や権力者にとって、一般大衆のIQは低ければ低いようが良い」。為政者や権力者にとって、一般大衆のIQが、自分たちの仕掛けた洗脳のかなくりを見破るほど高くなっては困る。だから為政者は権力者は、一般大衆が批判や深読みができないほどの賢さを身につけないように気を配る。たとえ意識的でないにしろ、為政者は権力者は本能的に感じ取り、何らかの判断をする際、無意識に「大衆が愚民化するための選択」をすることになる。これが積もり積もっていくことで、大衆は実際に愚民化してしまう。その例として、小泉政権時代の「B層戦略」があった。
http://www.tetsu-chan.com/05-0622yuusei_rijikai2.pdf
↑より引用
- 政治評論家の森田実氏が最近テレビに出演しなくなったのは、電通批判をして、電通に干されたからである。その電通批判とは...→「マスコミを信用してはならない――日本のマスコミは政治権力と合体し国民を支配し圧迫する凶器と化した」2006.10.31(その1)森田実の言わねばならぬ[457]より。 ごくごく正論であると自分は思うが。
- 広告代理店は、テレビなどのメディアの広告費を管理することで、メディアを支配下に置いて洗脳行為を行うことができる。日本では『電通』がありえないほどの割合での業界シェアを獲得し、スポンサー企業を束ねているため、テレビ局も広告代理店(電通)に資金源を抑えられている以上、電通の圧力に抵抗する術がない。